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第32回史跡めぐりA『茨城の小京都・古河の城下町界隈をめぐる』を訪ねて

古河歴史博物館
古河歴史博物館

 平成30年9月26日水曜日・女子13名男子8名にて大宮駅を出発しました。天気予報は曇りのち雨。全員が雨具持参しかし結果は参加者全員念力により帰路まで雨具の必要はなかったのでした。

 古河市は、万葉の時代は許我(こが)と表記され、渡良瀬川が利根川と別れるところに位置し、当時は、河川交通の要所だったようです。

 

 めぐりは、古河駅出発、駅前の万葉歌碑を見学

【歌碑には許我を詠んだ歌が万葉集に二首】

  • 逢(あ)はずして 行かば惜しけむ 真久良我(まくらが)の 許我(こが)漕ぐ船に 君も逢はぬかも 
    (大意)お会いしないままで出かけてはとても残念です。真久良我(まくらが)の許我(こが)を漕ぐ舟の上の貴方にお会いできたらいいのですが。
  • 真久良我(まくらが)の 許我(こが)の渡(わたり)の 韓楫(からかぢ)の 音高(おとだか)しもな 寝(ね)なへ児ゆゑに
    (大意)(真久良我の許我の渡しの韓楫の音が高いように)噂が高く立ったなあ。未だ共寝をした娘ではないのに。

 ボランタリーガイドさんのユーモアあふれる歌の説明、流暢な話に皆が・・・?陶酔しておりました。

 

 まずは日光道中古河宿道標見学しながら真っ直ぐに続く日光街道の道のりを確認しました。古河歴史博物館では若い女性学芸員さんの『「古河」という地名は、「万葉集」の歌にも詠まれるほど歴史を持った地名です。』に再度頷き、ある人は「古河城下模型」に注目していました。↗

 

 

 博物館堪能のあと、古河藩が藩士のために用意した武家屋敷の一つで隠居後もっぱら蘭学にいそしんだ鷹見泉石の最晩年の住まいを改修し公開した鷹見泉石記念館。幕末・明治時代に活躍した女流画家・奥原晴湖画室繍水草堂(しゅうすいそうどう)へと、めぐり開始から大分歩いたので多少お疲れのご様子で、縁側でしばし休息をとる女性陣もちらほら。

 

 古河文学館のサロンで、イギリスの蓄音機界の鬼才E・Mジーンの手作りで、1930年頃に製作された貴重な名器(幻の名器EMGマークXb(テンビー))竹針を使用した演奏で「サラサーテ作曲:ロマンサ・アンダルーサ」をSPレコード独特のやわらかな音色で心を癒した一時を過ごしました。ヴァイオリン演奏は諏訪根自子さんかな?

 

 ホテル山水にてランチ、後半戦へのエネルギーを満タンにし終え、ホテル前の杉並通りぬけ、徳川時代最初の古河城主小笠原秀政が、岡崎三郎信康の菩提のために開基した「隆岩寺」へ、さらに江戸時代初期、家康・秀忠・家光の三代に仕えた古河城主土井利勝が開いた、土井家歴代の墓所「正定寺」、「お寺はもういいよ!」との一部の声をよそに力説するガイドさん。おそれいりました。

 

 永井路子旧宅へと歩く間、八百屋さんで栗を発見し数名の女性が駆け込み、隊列が乱れ、バラバラになり最後の見学場所の篆刻美術館へ。篆刻(てんこく)とは、方寸(一寸四方)の石に篆書と呼ばれる書体で古代の漢詩などからとった言葉を刻んだ書道芸術だそうです。ガイドさんも趣味で篆刻を勉強しているとの事で、説明に熱気がむんむんでした。みんな熱心?に耳を傾けていました。

 

 全てのめぐりを一人の脱落者もなく終了し古河駅にてガイドさんとお別れ。それぞれが大宮駅へ、自宅直帰組、反省会組といろいろあったようです。お疲れ様でした。また来月お会いしましょう!!(noyama)


鷹見泉石記念館
鷹見泉石記念館
お疲れ
お疲れ
蓄音機
蓄音機