行田の古墳群と忍城址を巡る

 第14回の史跡めぐりは、9月28日に行田の古墳群と忍城址を巡ってきました。JR行田駅から市内の観光拠点を循環しているバスで、さきたま古墳群に向かいました。

 

 古墳群は、日本最大の円墳で忍城攻めの時に石田三成が陣を張った丸墓山古墳と、稲荷山古墳など8基の前方後円墳からなっています。

先ず、丸墓山古墳に登ることにし、途中には忍城の水攻めで築いた「石田堤」が在り、彼岸花が咲き「秋」を感じる風景となっていました。丸墓山古墳の頂上から北方を望むと忍城の御三階櫓を見ることができました。丸墓山古墳からは二子山古墳を見ながら「さきたま史跡の博物館」に向かい、その途中では赤とんぼの大群が見られました。博物館では学芸員から、なぜこの地に古墳群を築ける程の富と力のある豪族が存在したのかなどの説明を受けました。館内には、稲荷山古墳から出土した有名な国宝「金錯銘鉄剣」があり、1600年ほど前の金文字が色あせることなく輝いているのには驚きました。

 

 腹ごしらえの昼食は忍城址に向かう途中の水城公園近くの足袋御殿を改装した食事処で取り、質・量とも満足できた昼食でした。

 

 忍城址は、石田三成の水攻めにも耐えた忍城跡で、明治維新に解体されたが、昭和63年に御三階櫓を再建し、館内は歴史資料を展示する郷土博物館として公開されている。解説員から忍城は15世紀末頃成田氏により築城され、その後の歴代の城主や模型による城下町の模様など、城下町行田の説明を受けました。

 

 行田と言えば足袋が思い浮かびます。17世紀後半頃に製造が始まったとされ、最盛期には行田の一大産業となったとのことで、足袋製造方法やのミシンや道具類の説明を受けました。

 

 参加者8名にとって、学芸員の説明を受けるなど、史跡めぐりに相応しい充実した1日となりました。

(石田堤の彼岸花)
(石田堤の彼岸花)
(丸墓山古墳を登る)
(丸墓山古墳を登る)
(御三階櫓)
(御三階櫓)